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体制にちやほやされてくるとアスリートは力を落とす。

2/18今朝も寒かった。金ブナを飼っていた水槽が凍り付いて中にいた魚たちは氷漬けになっていた。
北京五輪の男子国内代表選考会を兼ねた東京マラソンは17日、東京都庁前から東京ビッグサイトまで三万七千人が走った。昨年の大阪世界陸上銅メダリストのビクトル・ロスリン(スイス)が2時間7分23秒の大会新記録で初優勝した。そしてマラソン2戦目となる26歳の新鋭・藤原 新(あらた)=JR東日本=が、2時間8分40秒で日本人トップの2位でゴールし北京五輪代表争いの有力候補に躍り出た。私は久しぶりにぞくぞくした。注目されていたアテネ五輪6位の諏訪利成は4位、05年ヘルシンキ世界陸上代表の入船 敏は5位だった。実際そんなものさ。体制にちやほやされてくると人は何処かに甘えを持ち怠惰になり力を落とすものだ。
藤原は「マラソンでは何でも起こりうる。何が起きてもびっくりしないという心構えでスタートラインに立ったという。実際、いろいろ起きた。ゴールしたときはぴりぴりと右ふくらはぎが震えていた。38キロ過ぎに右ふくらはぎがけいれんしはじめて走りながら何度もバランスを崩した。「棄権が一瞬、頭をよぎった」という。ここで慌てていたら、日本選手トップでのゴールはなかっただろう。歩幅を狭めて足への負担を軽くしピッチを少し速くして減速を抑えたという。この冷静さは大したものだ。 一般参加のナンバーカードをつけた緑のユニホームは32キロ過ぎから躍動した。初マラソンだった昨年のびわ湖を約30分上回る記録でゴールへ飛び込んだ。 拓大時代、箱根駅伝を走ったが、ほとんど無名であった。ただ今年元日の全日本実業団駅伝では2区で13人抜きを演じるなど徐々に力を発揮し始めていた。藤原はインターネットで英文を読み練習方法やサプリメントの知識などを得て練習に励んでいた。時として練習の進め方などでコーチと意見がぶつかることもあった。今回は駅伝が強いコニカミノルタの胸を借り奄美大島で40キロ走を2本こなすなど万全の準備をしてトライした。 所属チームの岩瀬監督は中国・昆明にいた。周囲の期待もその程度だった。ここまで走れてびっくり、と藤原の左の口元に八重歯がのぞいた。低迷している男子マラソン界に“新たな”星が生まれた。
「無印」だった伏兵・藤原 新が、執念の走りで五輪有力候補に躍り出た。陸連の沢木啓祐専務理事が「非の打ちどころがない」と高評価を与えた快走だった。前述の如く何の世界も同じで大きな組織や体制に支えられ始めると収入や生活面では安定してもその作品性というか技術や体力が何処かでふぬけていく、無名の頃のハングリー精神とモチベーションがが落ちてしまう。今までも期待していた選手がそのまま泣かず飛ばずで終わってしまったケースも多い。藤原 新にはここのところを気を付けて欲しい。アスリートは戦って勝たねばならない使命を背負っている。穀潰し(ごくつぶし)で終わらぬ様に祈る。私はこの素晴らしい新星を見ていて我が身を反省した。今や多くの日本人が穀潰しで嘘つきの「怠惰な太り豚」になってはいないか、ふっと頭をよぎった。

■日本のマラソン界の新しい星「藤原 新」

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2008年02月18日 19:01に投稿されたエントリーのページです。

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