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食糧自給率を考える その3

今日は盆の入り、相変わらず暑い暑いの連発でした。私は仏様にと小布施町まで桃を買いに行きました。好ましい大きい桃が手に入りました。道は帰省客でごった返していました。今年もお盆が迎えられてほっとしています。
さて食糧の自給率を考えていますが、歴史をちょっとかいま見ると1961年(昭和36年)この年は池田内閣時代でガガーリン少佐が世界で始めての有人宇宙飛行に成功し日本国内では植木 等のスーダラ節がはやり映画では三船敏郎の用心棒やミュージカル映画ウエストサイドストーリーがヒットした頃、農業基本法が出来てこの時にアメリカの強い要求で農産物の輸入自由化が進められたのです。そしてバナナやレモン・葡萄・マカロニ・ハム・ベーコンなど、更に88年には牛肉も入ってきました。やがてWTO農業交渉の協定によって米まで含む食料品が本格的輸入自由化となり日本のそれまでの農業基盤を揺るがす大量の農産物の輸入も進められたのです。
1983年(昭和58年)この年はおしんがブームでした。この年に中曽根・レーガンの合意によって日米財界からなる日米諮問委員会がつくられて翌84年に日本農業の構造調整と称して日本農業は集約的な野菜栽培、果樹栽培、養豚、養鶏、花卉栽培などに力を入れて採算のとれる農業を営むことを提言し穀物類はアメリカから買う方向にすべきとする答申が出されました。
時の政府は日米間の政策協調の基に日本の農業の構造を作り直し結果的にそれまでの日本農業の基盤を変えて(破壊して)しまったのです。そしてこの頃から目に見えて日本はアメリカ追随外交になっていったのです。
■心から平和を安穏をそして父の成仏を祈るのです
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2007年08月13日 17:48に投稿されたエントリーのページです。

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