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そば切り発祥の地、本山宿

今日は朝から雨模様だった。私は塩尻市、本山宿の老人会に「心の歌」を配達に出た。ここ本山宿は「そば切り」の発祥の地として知られた宿場町だ。皆さんと楽しい一時を過ごした。
さて「そば切り」の発祥に関しては塩尻市の本山宿の他に甲州天目山の棲雲寺(せいうんじ)が元祖であるとも言われている。蕎麦は今でこそダイエット食だがその昔はやせた土地にしがみつく貧しい人々の代名詞にもされていた。
信濃では天正2年(1574年)に木曽郡大桑村定勝寺の仏殿修理の祝いに「そば切り」が振る舞われたという古文書が見つかっているが、しかしこれより更にさかのぼること「続日本書紀」には722年に時の元正天皇から「不作に供えて蕎麦を作りなさい」という詔が発せられている。つまり奈良時代には既に蕎麦が栽培されていたのだ。彼の空海がうどんの製法を持ち帰ったのが806年というから日本の蕎麦文化も古いものだ。
さて蕎麦は口に含んだときの甘みと噛み具合で質感の善し悪しを見るのだが十分に熟した実から取る地粉で打った蕎麦はやはり甘い。そしてやはり「つけだれ」がいい女房役を果たしている。信州の食べ方の元祖は味噌と大根の汁を混合した「しぼりだれ」につけて食べたものだと言われている。
江戸初期の寛永13年に尾張藩徳川義直が日光東照宮落慶の折に中山道を下って木曽路の贄川宿でその様にして食べたという記録が残っていてそれ以前は定かではない。伊那に「高遠そば」という言葉が残っているがどうやらこの食べ方のことを言ったらしい。
現在も伊那にはこうして食べさせてくれるところがあるしその流れが福島県の会津あたりにもある。また坂城町や千曲市上山田、下伊那郡下条村あたりでも辛み大根をふんだんに使って「おしぼりうどん」「おしぼりそば」をおいしく食べさせてくれる。奈川村や開田村辺りでは「湯治そば」がうまい。只の湯湯治ではなく美味しいだし汁とスンキ漬けでいただけるのが嬉しい。そういえば佐渡の小木では魚のだし汁からあっさりとした「そば」を食べさせてくれる店があった。
さて蕎麦好きの私はやはり地粉で打ったものが一番好きだが絶対量が少なくてなかなか本物にお目にかかれない。私などは地元で沢山食べている為か本物の味を知っているつもりだが、旅の方々は意外と知らない様で「信州そば」「手打ちそば」などと大きく書かれた看板や古民家風の門構えにだまされてひどいものを食べさせられているケースがある。信州人としては大変申しわけないと思う。勿論その中には本物にも巡り会えることもあるが多くは中国産のそば粉など輸入物を使用して美味しくないものが多い。まあ、旅先で美味いと感じたらそれも味わい方ではあるが私にしてみるとやはり可哀想だ。
もっとも「そば切り」という表現に関する法律がいい加減なことも問題だ。例えばうどん粉8割、そば粉2割でも「そば」といってはばからないのが実態だから情けない。これはどう見てもそば粉入りのうどんだろう。旅人よ蕎麦もどきに決してだまされてはいけない。
怖いことは県外の観光客の方々からそんな偽物が、皆な信州蕎麦と思われてしまうことだ。信州そばの本物の味を知ってもらうどころか、県民性まで疑われてしまうのがつらい。よくよく地元の人々に聴いてみれば本物を正当な値段で食べさせてくれるところが幾らでもあるから当たってほしい。また地元の「そばやさん」もどうか本物を食べさせてあげて頂きたい。お話があれば微力ながら私も本物の「そば」の食べられるところに御案内したいと思う。

■写真は毎年秋に開催される開田の「蕎麦祭り」の風景
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2007年07月12日 18:59に投稿されたエントリーのページです。

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