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「一道の清流あり一処藍をたたえて渕をなし…」 水の季節だ

学者の徳富蘆花の著作「自然と人生」の中に「夏の興」に子供の頃京都の「とがのう」のお寺に避暑をした時の話がある。蘆花は水の美しさを「一道の清流あり一処藍をたたえて渕をなし友と互いに水を溌し狂い回れば渕は雪を湧かして水は密かに緑玉塊を奪い去って浮き沈みして流れゆく…中略」とあり如何にもきれいな流れが想像できる。しかし現代では子ども達が戯れる清流なんてもう何処にもありゃしない…。さて水と言えば魚の住める水ということになる。我々は昔から飲み水を井戸で吸い上げていた。ところが近頃は地下水が汚染されてきてピンチなのだ。
私が住んでいる安曇野、ここの地下水は昔から素晴らしく八十年代には環境庁認定の日本の名水百選に指定されている。清涼な湧き水が今も懇々と湧き出している安曇野、日本アルプスから流れ出る源流だから味も良い。だが今は昔と違って安曇野のその地下水がそのまま飲めなくなっている。地下水にも大腸菌がいたり基準値を超えた化学汚染物質が検出されたり無意識のうちにいつの間にか汚染されていたのだ。町の飲料水には量が少ないとはいいながら消毒されて塩素のにおいが気になる。本当は自然の水をそのまま飲めるのが理想なのだが…。それにしても河川の汚染に生態系は大丈夫だろうか。
良いはずは無いな。例えば蛍がいなくなったということは餌になる「かわにな」が住めないということだから水質がやはり悪化しているのだ。そのほかにも居なくなった水生昆虫がかなりいる。ミズスマシもゲンゴロウもいなくなった。最近はみんな気をつけているが家庭の雑排水、農薬や化学肥料の流れ出したものもや娯楽施設から出る雑排水にしても人間のうごめくところ至るところに毒性の強い雑排水がでる。我々が過去にこれらを平気で垂れ流してきたつけは大きい。
水田に入る水を見ていると水の表面に油がうっすら乗っているのが分かる。お風呂の廃水や食事後の水が浄化不充分なのだ。下水道の完全整備が待たれるがこれには膨大な銭が掛かるときている。本当に大きなつけだ。
岐阜県の郡上八幡という所では水がきれいで人々も意識して大切にしている。川の水で野菜などを洗っているし子供達も平気で川で遊んでいる。それだけまだ水が綺麗だ。しかし最近この吉田川の上流にはスキー場やゴルフ場ができて水が汚れ始めた加えて近くを高速道路が通ってこれも心配の種だ。昔から郡上の天然鮎はみんな食べられた。養殖したものは内蔵が臭くていただけないが郡上の天然物は川藻だけで育っているから新鮮なのだ。今はどうかな。自然への畏敬の念を忘れて我がもの顔に振る舞った結果生じてきた水の問題はこれからとんでもない大騒ぎになると思いながら川原で遊んでいた子どもの頃を思い出している。
■おお、どこへ行った、今の大きかったよ
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2007年07月27日 08:43に投稿されたエントリーのページです。

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