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教育とは学ぶ意欲をかき立てること

子供達の夏休みが始まった。今朝テレビで学校や先生に無理難題を吹っかける馬鹿親達の話をしていた。話を聞いていて今更と思うが話が子供じみていて全く情けない。
教育で教えるべき事は先ず一番先に、気に入った暮らし方で生きていく力をそれぞれの子供達に身につけさせる事だろう。母親から生まれて母の背中で育ち、家庭で人間としての情操を学び家庭の中で社会性を学び親子、兄弟家族、そして社会、国家を大切にする心を学ぶ。それらはやがて一人の健全な日本人として成長し国を支える大切な人材となるのだ。子供のうちに情操を身に付け今度は社会人としての自覚、団体行動、生きる知恵、歴史を学び知識を蓄える為の学校が必要になる。ここから初めて行政が絡むのだ。
行政は学校の設置基準を自由にして子供のピントに合わせたカリキュラムをくむべきだと思う。また校長先生の裁量を大きくして個性のある先生を重用し気にくわない先生は首にする位の自主性と権限が必要だ。そしてどうかな、今は失われてしまった教育勅語を見直してみたら。教育勅語といえば戦前の軍国政治を連想するが、実際は違うよ。よく見ると私達が当然とする生活指針がきめ細かく詠われている。学ぶべきはいろいろあるが日本の歴史に学ぶことが大切だ。現代の様に国や社会、個人を大切に出来ず、世界に向かって日本国をアピール出来ない風潮にあって、良い意味で昔の教育勅語の見直しが必要だと思うけどな。
平成19年、6月23日に教育三法案が成立したけど、学校に新たな管理職を作ったり教員免許を10年ごとの更新制にしたり文科省が各教育委員会に口を挟むことが出来るとか,こんな事ばかりだ。はたして子供の心にどの位、入り込めるであろうか、その運用はどうであろうか。この法律は管理職は増えても予算や教員は増えていないしむしろ行政改革の名の下に人材も予算も曖昧にしている。教員の評価についても給与に差をつけたり勉強する科目まで国の関与が大きくなっている。つまりは「生煮え状態」で運用と言うことになればまた混乱を引き起こすなこれは。
現場の心ある教育者達は教育とは学ぶ意欲から始まるという。何か価値のあるものや心惹かれるものを目ざすからこそ努力する意欲がわく。教育の基本は子供達の学ぶ意欲をかき立てることだと叫ぶ。それには教える者(親や先生達)自身がすべてにあこがれを持ち続けていることが大切だ。では現場ではどうか、じっくり考える時間も持てず父親達も先生達も職場での人間関係、特に先生は保護者との人間関係に疲れ果てニOO五年の統計では精神疾患で休職した先生は過去最多の4200人も居たという。この10年で3倍にふくれているのだ。 法律を作り制度を改正して先生達の身分や職場環境を良くしていくってことだろうけどその中で運用していくのはやはり生身の人間達だからね。先生自体が人間して身も心も解放されていなくてはやはりこの国の教育は変われないと思うよ。
■子供達はどんな夢を持っているのだろうか
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2007年07月24日 10:43に投稿されたエントリーのページです。

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