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2007年07月 バックナンバー

2007年07月08日

夏ですね。お久しぶりです。

私は今から三年前の参議院選挙に出てから、しばらくインターネットから離れておりましたが今度久しぶりに復活しました。いろいろなお話や近況などをお伝えしていきますのでどうぞ宜しくお願い致します。
今日は7/8ですが梅雨空は相変わらずどんよりしています。今私の家の畑から茄子がとれ始めて大好きな茄子漬けが頂けるようになりました。特に砂漬けが好きなのです。毎年歯が黒く染まる位頂きます。ところで今年は何故か茄子などの野菜類にはアブラムシが多く見られますがどうも季節のせいばかりではないらしく化学肥料の使い過ぎが原因のようです。土壌が死にかかっているかもしれませんね。しかし例年沢山出るアメリカヒロシトリなどは今年はまだ発生が少ないようです。
さて夏と言えば何と言っても朝顔、実にいい雰囲気ですね。私は特にこの花の原種が大好きです。
■写真はその原種の朝顔です   %E3%81%82%E3%81%95%E3%81%8C%E3%81%8A1.jpg

2007年07月09日

六平「心の歌」配達 本日は塩尻市下小曽部の皆さんと大声で歌ってきました。

私は平成16年秋から音楽活動ソロとして復帰しました。同年暮れから全県500カ所を目標に福祉施設、病院、公民館、学校等に「おはなし音楽会」として「心の歌」の配達開始しました。「おはなし音楽会」は以前NHK長野局制作テレビ番組「お出でよプラザN・堀 六平の心の歌」(1998-2004年まで放送)としてスタジオから生放送していたものを拡大して届けています。平成19年4月までに220回を達成しました。その第238弾が塩尻市下小曽部のお爺さんやおばぁさんに歌を届けることでした。
今日は随分「むしむし」しましたね。私は汗だくでした。「里の秋」を歌っていたら95才のお婆ちゃんが泣き出しました。過ぎし昔を思い出したのでしょうか。でもしっかりとしたお婆ぁちゃんで最後まで一緒に歌っていました。総勢60人の在宅のお年寄りの皆さんが大声で懐かしい童謡唱歌を歌い、思い出話に花を咲かせました。さすがに童謡はよく知っておられて感服致しました。皆様お元気で。塩尻ではその他に野村、高出をはじめ6ヶ所ほど音楽会を開催しました。
さてこの塩尻、洗馬の地域は高原野菜の名産地でレタス栽培が盛んです。直ぐ西隣は朝日村、山形村、波田町と続きます。途中波田ではで西瓜を管理している人達に会いました。 ■写真は波田の西瓜畑です。
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2007年07月10日

ビオトープのお奨め

ゲンゴロウやミズスマシがいなくなって久しいが私は6年ほど前からビオトープを作り アヤメを植えて金ブナを飼っています。
元々水田は壮大なビオトープでした。水田は食糧や経済的な役割のほかに国土保全の機能を持っているのです。例えば保水効果、地下水の保水と地盤沈下の防止、土壌流出の防止、水質の浄化、気温の調節などです。日本の水田は6O億トン~9O億トン以上の貯水可能容量があり正に水田は天然のダムなのです。建設されたダムはその消却と能力低下を考えると平均寿命5O年、これに対して水田は水田として利用されればその能力は 永遠なのです。
この公益的機能を農林省は1980年に全国の水田効果は年間にして36兆62OO億円と試算しています。日本国土は大半が山間地、地形が急で厳しく川は短く浸食も激しく土砂の流出が多く山、森、水田、川、海とバランスがとれた水系がなければ国土も人命も 失うことになります。
また水田の風景は私達の心をいやし子供達の情操を育み憩いの場として欠かすことはできません。経済効果以上に国の健康的存在につながるものだと私は思っています。
私のビオトープには沢山の蛙が遊んでいます。水田もまた水性の小動物の生息する場所でもあります。健康な環境だからこそ生息するのです。ちなみに蛙の寿命は6年から10年位といわれています。蛙の鳴き声を聞いていると誰が言ったか「雄がえる」が「出てござれ、出てござれ」と鳴く。すると「雌がえる」が「裸でか、裸でか」と答える。実に愉快ではありませんか。蛙の声は平和なあかしなのです。如何ですか、皆さんもビオトープを作って楽しみませんか。

■写真は私の水田の脇にあるビオトープ(小さい池)です。 %E5%A0%80%E3%80%80%E5%85%AD%E5%B9%B3%E3%81%AE%E3%81%8A%E6%95%A3%E6%AD%A9%E5%86%99%E7%9C%9F%EF%BC%92%EF%BC%90%EF%BC%90%EF%BC%93%20009.%E3%81%82%E3%82%84%E3%82%81%E3%81%A8%E3%83%93%E3%82%AA%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%97%EF%BC%92.jpg

2007年07月11日

輸入食料の怪とその不可思議さ

私の所のかみさんが買い物袋を下げて帰ってきた。曰く「食料も外国ものが多くなったねぇ、納豆の原産地を見たら大豆が米国、カナダ産になっていたよ、遺伝子の組み換え食品はどこまで顕彰されているのかしらね…生ビールのつまみの枝豆もうなぎも中国産…あぶなくなってきたね…残留農薬どうなってるのかしら…」
こうした中国からの違反食品は報道されている他にも沢山ある。厚生労働省の「輸入食品等の食品衛生法不的確事例」という調査文献や富山農村医学研究会の「日本と中国における農薬中毒比較」、NPO法人日本子孫基金の「食品と暮らしの安全」という調査文献によると中国では農薬を使わないからすべて自然食品であるという神話は30年前の神話になったという。中国食品からは抗生物質や合成抗菌剤、食品添加物が続々検出されている。野菜の47.5%に違法農薬が残留していたとは皆知っているし中国政府自身が発表した程だ。
2002年の厚生労働省の調べで水際で見つけたものもあるが見つかったのはごく一部で氷山の一角だった。大切なことなので少し細かく書こう。膨大な中国からの食糧輸入に日本の検疫はまだ体制が追いついていない。かつてミスタードーナッツの肉まんの添加物が見逃されたのはその例だ。2002年の調べでも野菜から多量に残留農薬が検出されている。更にサヤエンドウにはシペルメトリンという環境ホルモン作用のある殺虫剤やニラには子供に危険なクロルピリピス(アメリカではシロアリ駆除剤としても家庭用殺虫剤としても使用禁止になっている)、ブロッコリーのメタミドホス(神経毒が強く子供には特に危険なもの)大葉からはフェンバレレートという発ガン性が強く環境ホルモン作用の強い殺虫剤が検出されている。
ひどいのは鯖の醤油漬けからは大腸菌、鮭の調理品からは酸化防止剤のBHT(発ガン性が強い)冷凍の車エビからは二酸化硫黄が検出されているのだ、あまり白いエビは危険だぞ…。EUは中国の冷凍エビから抗生物質のクロラムフェニコールという薬品が出たのを契機に中国産のエビ、鶏、ウサギ肉、七面鳥、アヒル、蜂蜜、ペットフードなどの輸入を全面禁止にしている。また酒の魚の焼き鳥、鯖の立田揚げからは大腸菌が検出(大腸菌は不衛生の象徴でトイレからでたり、工場全体かもしれない、従業員が手も洗わぬなんて論外だ)ニラやエリンギからはクロルピリホス、ウナギの肝串、ロールキャベツ、海鮮チャーハン、ほうれん草のおひたしなどは腐りかかっていたという。またホーレンソウには猛毒のパラチオンが検出されている。
忙しいといってスーパーから出来合いのものばかり買ってくると大変なことになるということだ。今日は中国品の一部を上げたが加工品から健康食品まで全く信用できない。想像すると恐ろしいことだ。 また農民運動全国連合会の食品分析センターが2002年の5月に一部のファミリーレストランから農薬を検出した。11食品の内7品目から殺虫剤が出た。何の罪のないファミリーレストランにしてはいい迷惑だ。食べに行く人もいい迷惑だ。そのほか豚肉、イカめし、蒲焼きウナギからも大腸菌が出ている。 もう間もなく北京オリンピックだ。選手達は何を食べるのか心配しているだろう。
いずれにしても中国からの食糧は特に要注意。国産は安心して頂けるし見直したいものだ。

■写真は無農薬で栽培しているトマトです。
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2007年07月12日

輸入食料は本当に怖くて食べられんな

前回に続いて輸入食品の残留農薬違反について新聞記事を載せます。これによってやはり中国始め世界は怖いことになっている事が良くわかりますね。
平成19年7月9日15時4分配信 毎日新聞によると食品の残留農薬規制を強化した「ポジティブリスト制度」を日本が導入した昨年5月末以降の1年間で違反とされた輸入食品が前年同期比で8.4倍に急増したことが分かった。新制度では、主要国で残留基準が決まっていない農薬も0.01ppm(1キロ当たり0.01ミリグラム)を上回れば違反とされ、これに抵触したケースが約3割を占めた。これまでチェックされなかった農薬や添加物が海外で広く使われている実態が浮き彫りになった訳だ。
厚生労働省の統計によると、新制度導入の翌月の06年6月から今年5月までの間、輸入食品の検査で、残留農薬検出による食品衛生法違反で廃棄などの措置が取られたのは761件。前年同期の91件から670件増えた。生産国は26カ国・地域に上り、うち▲中国が250件で最多。▲ベトナム(143件)▲エクアドル(93件)▲ガーナ(77件)▲台湾(47件)と続く。
更にポジティブリスト制度では、同リストに掲載されていなくても、国内外で残留基準が決まっていない農薬などについては、0.01ppm以下という「一律基準」も設けている。これに違反したケースは761件のうち、240件あった。このうち約5割が中国産、約3割がエクアドル産だった。日本で使用されていない農薬のほか、冷凍の魚介類からカビ取り効果がある動物用医薬品が検出されたり、除草剤の箱がカカオ豆の収穫用に使われていたケースもあった。
新制度でリストアップされた約800種類には、個別に残留基準が設けられているものと制限がないものがある。今回違反とされた残りの521件はいずれも個別の残留基準に抵触していた。
★ポジティブリスト制度とは一定限度以上の残留を禁止する農薬を明示するのとは逆の発想で、「使用していい(ポジティブ)農薬」だけを一覧にし、それ以外の使用を原則認めない方式。これまで国内では約300種類の農薬などについて残留基準があったが、導入後は約800種類に対象を広げ、それ以外の農薬も一律で0.01ppm以下を基準としている。02年に中国産冷凍ホウレンソウから基準が未設定の残留農薬が検出されたことが導入のきっかけになった。
★残留農薬基準違反が見つかった主な輸入食品は▲養殖ウナギ(中国産、台湾産)   ▲ウーロン茶(同)▲乾燥キクラゲ(中国産)▲生鮮ショウガ(同)▲生鮮ニンニク茎(同)▲落花生(同)▲乾燥イカ(ベトナム産)▲冷凍エビ(同)▲生鮮マンゴー(台湾産)▲生鮮カカオ豆(エクアドル産、ガーナ産)などである。

■写真はネクタリンの生産農場で生産者(中央)と私
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そば切り発祥の地、本山宿

今日は朝から雨模様だった。私は塩尻市、本山宿の老人会に「心の歌」を配達に出た。ここ本山宿は「そば切り」の発祥の地として知られた宿場町だ。皆さんと楽しい一時を過ごした。
さて「そば切り」の発祥に関しては塩尻市の本山宿の他に甲州天目山の棲雲寺(せいうんじ)が元祖であるとも言われている。蕎麦は今でこそダイエット食だがその昔はやせた土地にしがみつく貧しい人々の代名詞にもされていた。
信濃では天正2年(1574年)に木曽郡大桑村定勝寺の仏殿修理の祝いに「そば切り」が振る舞われたという古文書が見つかっているが、しかしこれより更にさかのぼること「続日本書紀」には722年に時の元正天皇から「不作に供えて蕎麦を作りなさい」という詔が発せられている。つまり奈良時代には既に蕎麦が栽培されていたのだ。彼の空海がうどんの製法を持ち帰ったのが806年というから日本の蕎麦文化も古いものだ。
さて蕎麦は口に含んだときの甘みと噛み具合で質感の善し悪しを見るのだが十分に熟した実から取る地粉で打った蕎麦はやはり甘い。そしてやはり「つけだれ」がいい女房役を果たしている。信州の食べ方の元祖は味噌と大根の汁を混合した「しぼりだれ」につけて食べたものだと言われている。
江戸初期の寛永13年に尾張藩徳川義直が日光東照宮落慶の折に中山道を下って木曽路の贄川宿でその様にして食べたという記録が残っていてそれ以前は定かではない。伊那に「高遠そば」という言葉が残っているがどうやらこの食べ方のことを言ったらしい。
現在も伊那にはこうして食べさせてくれるところがあるしその流れが福島県の会津あたりにもある。また坂城町や千曲市上山田、下伊那郡下条村あたりでも辛み大根をふんだんに使って「おしぼりうどん」「おしぼりそば」をおいしく食べさせてくれる。奈川村や開田村辺りでは「湯治そば」がうまい。只の湯湯治ではなく美味しいだし汁とスンキ漬けでいただけるのが嬉しい。そういえば佐渡の小木では魚のだし汁からあっさりとした「そば」を食べさせてくれる店があった。
さて蕎麦好きの私はやはり地粉で打ったものが一番好きだが絶対量が少なくてなかなか本物にお目にかかれない。私などは地元で沢山食べている為か本物の味を知っているつもりだが、旅の方々は意外と知らない様で「信州そば」「手打ちそば」などと大きく書かれた看板や古民家風の門構えにだまされてひどいものを食べさせられているケースがある。信州人としては大変申しわけないと思う。勿論その中には本物にも巡り会えることもあるが多くは中国産のそば粉など輸入物を使用して美味しくないものが多い。まあ、旅先で美味いと感じたらそれも味わい方ではあるが私にしてみるとやはり可哀想だ。
もっとも「そば切り」という表現に関する法律がいい加減なことも問題だ。例えばうどん粉8割、そば粉2割でも「そば」といってはばからないのが実態だから情けない。これはどう見てもそば粉入りのうどんだろう。旅人よ蕎麦もどきに決してだまされてはいけない。
怖いことは県外の観光客の方々からそんな偽物が、皆な信州蕎麦と思われてしまうことだ。信州そばの本物の味を知ってもらうどころか、県民性まで疑われてしまうのがつらい。よくよく地元の人々に聴いてみれば本物を正当な値段で食べさせてくれるところが幾らでもあるから当たってほしい。また地元の「そばやさん」もどうか本物を食べさせてあげて頂きたい。お話があれば微力ながら私も本物の「そば」の食べられるところに御案内したいと思う。

■写真は毎年秋に開催される開田の「蕎麦祭り」の風景
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2007年07月13日

参議院選挙公示・利権や組織のしがらみで選挙をしてはいけません。

第二十一回参議院選挙戦が始まりました。現在の世相を反映して果たして自民党政府与党は過半数を割ってしまうのか、公明党はいつまで自民党の陰になっているのか、民主党は政権奪取へスタートが切れるのか全国民が注目しています。
さて今年、西暦2007年の正月は希に見る大暖冬気象の中で明けました。我が家では一度も雪をかくことがありませんでした。今年で第二次世界大戦が終わり戦後六十二年目、時代は大きく変わりました。見渡せば大国のエゴをむき出しにして我が物顔で振る舞うアメリカを中心にして世界各国の工業化汚染や大消費時代の垂れ流し、政治の矛盾、人間達の節操のなさが露呈して今や世界中に公害をふりまき、戦争を起こしそのつけが大きく現出してきました。
気象をみても南米沖のエルニーニョ現象によって地球の大気のバランスが壊れ地球の自転公転によって保たれていた暖気と寒気のバランスが大きく狂い始めて北極上空のジェット気流の蛇行軌跡も狂いはじめているのです。詰まり日本上空に冬場の寒気が正常に到着しなくなったのです。私達はこの冬は温かくて燃料も節約でき生活には多少楽をしましたが、物事には反動というものがあるのです。永い目で見るとこれから来る農産物の不作や凶作が怖い…いよいよ食糧難の時代が来るかもしれません。
折しも政局は小泉総理から阿倍総理へと受け継がれましたが相次ぐ閣僚の不謹慎な言動や政務調査費の不正使用、政治資金規正法の網の目をぬって出てくる疑獄事件、また年金が行方不明になったり,片や相変も変わらず企業の偽装事件が起り実に国民を愚弄した事件ばかり目につきます。テレビは毎日何処かで起きる殺人事件を報道し殺伐とした社会を浮き立たせています。加えて大手企業の不祥事や国の不安な政局に国民は腹を立てるやらほとほとうんざりとしています。
大手菓子メーカーの不二屋が不衛生な商品を作り国民を欺き、ミートホープは偽装コロッケを作り、ついこの間は大手のエレベーターメーカーが偽装した鋼板で危ない乗り物を作ってばれました。ガス器具の、リンナイ、パロマ、そして世界的な松下電器などの欠陥器具発覚などはショックでした。しかしこうして今まで巨額の利益をむさぼってきた企業が軒並みその偽善があぶり出されてきているのです。いまやあらゆる企業は市場経済の名の下に「儲け」に走り国民はないがしろにされ、日本人としての誇り高き哲学すらも無くなってしまいました。
かつて大騒ぎになった公共交通機関の脱線転覆事件にしても国民に対する安全をないがしろにして利潤を追求するあまりの人災でした。
ないがしろといえば老人福祉の現場も大変です。若い介護士がその過酷さ不遇に絶えかねて離反を始めています。また公的介護施設が足りないので無認可の収容施設が乱立してその取り扱いの悪さに老人いじめの問題が起きるなど、更にコムスンの様に不正に補助金を騙し取ったり、施設の少なさから在宅看護で疲れ果てて介護者が自殺したり心中したり、実に胸くその悪い話しばかりです。誰にも看取られず死んでいく老人も増える一方です。
また医療の現場も荒れています。医師の不道徳な事件で気になることが多く病気の肝臓の売り買いがされたり医療倫理の欠如が目立ちます。医療保険制度も改変されて我々も老人達の負担も一段と増えました。
更には公平正確な筈のマスメディアも例えば関西テレビのやらせ事件の様に長きにわたり国民を欺きこれまた大不信を買っています。この様に嘘つき列島と化した日本の未来、近未来はどうなるのか、そしてどうしていくのか、今回の選挙では政党、候補者の全てを私達はしっかり見極める必要があります。いいですか!この選挙、利権や組織のしがらみで選挙をしてはいけませんよ。悪徳政治家を出してしまったのは私達の責任なのですからね。
■この子達の未来に何を残せるのか
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2007年07月14日

年金の財源は膨大なイラクへの支援金から出せ

今回の主なる選挙争点が一応年金問題である。本当はこんな事は歴代の政府の管理が悪かったことで選挙の争点などではなく今後どの様に処理するか国家として当たり前に速やかに処せれるべきものではないか。我々も年金についてははなはだ勉強不足で悲しい限りだか、一方では巨大官僚組織の裏側で行われてきた悪行三昧は今までは我々に知されようもなく判断のしようがなかったことでもあった。
さて年金問題の切り口は色々あるが中でも大切なことはこれから不足している年金の財源をどうしようってことだ。やれ消費税で賄うとか経費節減で捻出するだとか、未納者は摘発を強化するとかいっているが建設的な話は見えてこない。そこでこんな発想もあることを触れてみたい。
先年イラクで銃弾に倒れた国際的ジャーナリストの橋田さんが書いた本の中に橋田さんの言葉を借りると…イラクに貸してある8280億円の債権とブッシュから請求された破格のイラク戦後復興援助金、詰まり「戦争加担の費用」だが、約5500億円つまり日本円にして合計1兆3780億円をすべて日本の血税で賄い米国とイラクに吸い取られてしまったことを思い起こせ…。この資金があったら随分と年金制度維持が楽になる筈だ。
大体国家の多額の税金を自国のために使わず他の国に法外に拠出すること自体がおかしいではないか。果たして首相にそんな決済の権限があるのか。すべて我々の血税ではないか。政府は自国を苦しめて八百兆近い大借金の身でODAもないものだ。
この様に大切な事を自民党政府で簡単に決められていることを現在の野党政党、各国会議員の誰が強く指摘したか。そして国内に情報としてこの事がどの位流れているのか。私は憤るのだ…。
こうした無駄(橋田さんは語気を強めて)な出費はわが国歴代内閣が米国に追随するへつらいの姿にしか映らない。また何故に野党はこの様な大テーマを選挙や論議の争点にしないのか。これも不思議だ…。橋田さんは更に続ける。「イラク戦争復興」とは事実上でたらめでイラクは未だ戦争の真っ最中であるし、今も米国兵が毎日殺されているのに戦争が終わったと言ったのは米国と日本だけだ…。世界中の何処の国の誰もイラク戦争が終わったなどと思っていない。詰まり今まで政府のしてきたイラクへの政策は単にこびへつらいの米国への「戦争加担の費用」の負担であり疑念を感じてしまう…。
これらの指摘は命をかけた橋田さんの主張であった。私も同感だ。日本の自衛隊の派遣はよく考えれば集団的自衛権を禁じている日本国憲法違反であるし、橋田さんの指摘を読みながら今度の選挙で野党が勝ち政権交代につながればここのところを少しは暴いてくれるのではないかと大きな期待を持っているのだ。
■しじみ蝶が安心して蜜を吸える平和
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2007年07月15日

日本を変えようとする思い

私は西暦2004年(平成16年)に第20回参議院選挙に出馬した。結果は落選であったが無所属候補としては過去に前例のない票数を集め話題にしてもらった。この選挙で私は今の選挙の実態、政治の実態をつぶさに見せてもらった。そしてこのままではこの国も地方もやがて亡びていくであろうと淋しい気持を味わったのだ。
今の世の中これでよいのか…と正義感に燃えて私は2004年の参議院国政選挙に無所属・草の根で立候補したが結果は見事にというか予定通りに負けた。この事は現代の選挙環境ではあらかじめ解っていたことで…つまり日本の国政選挙は過去から今日まで既成政党によるシナリオが出来ていて意気に燃える純粋の新人候補者が入り込める程安易な場所ではないのだ。またマスコミ、経済界、企業団、関連する色々な組織は長い間積み重ねてきた既得利権を守る為に出来レース承知で政権政党や大野党とのしがらみ選挙を推し進めている。現代の日本ではそうしないと各企業の存続を含めてあらゆる業務に支障を来すという構造になっているのだ。余り良い事ではないが「お任せ民主主義」がはびこり、また日本国中その様に形が出来上がってしまっている。
日本は近代国家とは名ばかりでまだ江戸時代の様な社会構造が続いているのだ。むしろ体制は封建的でも当時の侍の方が今の政治家より人としての生き様を持っていたとさえ思う。
有権者は現代の様な政治の利権構造を打ちやぶってくれる新しい政治家を期待しているが今の様な選挙環境ではなかなか立候補も出来ない。だから若者達が「どうせ、いつもの出来レースで世の中変わる筈もない…」と投票に行かないのも妙にうなずける。
しかし前回の選挙では長野県にはすごいことが起こった。これまで20回の参議院選挙で無所属、丸腰新人候補が10万票以上獲得できたケースは一人として居なかったが堀 六平は何と11万弱の票を獲得したのだ。組織もない単独の丸腰六平が総得票では大政党に負けてしまったもののその他の既成政党とほぼ互角に戦わせてもらったのだ。これは心ある人々の改革への思いのこもった数字と考えるとまだ世の中捨てたものではないと感動した。日本を変えようとする底力がわが長野県にも潜んでいるということを見せてくれたものと確信している。(つづく)
■日本の農村にこの様な風景はもう無くなるのだろうか
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2007年07月16日

政策を実行する切れ味の鋭い議員が必要

男の夢は最後は「政治家になること」そういってはばからないジャーナリストがいた。私は「そんなものか」と他人事に思っていたがひょんなことからその政治に興味を持つことになった。ある時、信越放送の報道スタッフが何気なく「今度の参議院議員選挙もまた指定席だな…」とつぶやいた。側で聞いていた私は何故か無性に腹が立った。確かに政治不信が叫ばれている中で国政選挙といえばいつもの顔がいつもの様に立候補してありきたりの選挙をしてきた。当選しても議員達は国会に行って何をしているのかよく見えない。そのことを人々は何時も疑問に思ってきたのだ。
福岡政行白鳳大教授は「この時代、国民は(利権構造渦巻く)政党政治にまだ依存しそして(やはり日本は政治は貧困であると)絶望の直前にある。人々の心は(政権交代か、はたして政党を信じて良いのか)右往左往の時代である。(日本をダメにした政治のからくり・KKベストセラーズ刊)」といっているが全く同感だ。しかし考えてみれば政治不信といってもその様な議員を選んだのは我々有権者の責任でもある。一方で我々有権者は責任を果たしたくても毎回選挙の度に立候補者は限られ新しい意欲に満ちた顔は出ない。選択の幅も無く選挙のあり方や進め方に夢も希望も見いだせないできた。やりきれない思いは何時もくすぶっていた。例えマスコミのうわさ話にしても「今度の参議院選挙もまた指定席だな…」と言われて憤慨しない者がおろうか。私は妙に心が騒いだ。
人々は安心の国家体制を願っている。安心への備えがあってはじめて心安らかに生きられるしあらゆるものにチャレンジや冒険が出来る。新しい産業を起こすことも研究することも出来るのだ。例えば…トヨタは世界で五本の指に入る優秀産業体で世界に冠たるこの会社は今まで世界の攻勢にびくともせず日本型の経済体系をとってきた。「終身雇用・年功序列・職能給採用」など戦後日本が驚異的な復興をしてきた日本型の雇用体系をよい形態で堅持しているのである(但し此処までの成長過程では大変な企業努力があったとも聞いている)。ほかの多くの有力な企業は欧米型の経営方式をとり、リストラを行い一番大切な雇用に不安を与えてきた。いつ首になるか解らないそれらの社員は毎日びくつき仕事に身が入らない。やがて愛社精神が欠け技術革新や販売意欲は停滞し不景気を助長する。その点、トヨタの社員達は安心して一生働ける環境と、安定した普通の収入保証の上に生活をしている。そういえば豊田市の友人も「うちの町には不況という言葉はない」と豪語していたことを思い出す。人々の収入が安定し安心すると消費気運が高まる。また販売する側も安心して出荷できる。ここから健全な消費のサイクルが始まり世の中も回り出すのだ。そして何よりも命を大切にする社会が欲しいのだ。これは良い意味の護送船団方式だ。
今日も続く議員達の汚職の構造、世の中の弱い者を大切に守れない政治、法律を強行採決し優しさの欠けらも見えない政治、自己の繁栄と保身のみに狂奔する不誠実な議員達にこの国を任せられるものではない。今こそ時代を先取りし国民のためになる政策を実行する切れ味の鋭いそして優しい議員が必要なのだ。
■写真はあの手この手の選挙運動風景
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2007年07月17日

七月の木曽の馬市別れ雨

ひとは私に腹が出てきて随分格好が悪いという。返す言葉もない、当たってるな。おまけにここのところ一週間ばかり夏風邪と血圧不安定で目は回るし体の節々が痛くひどい目にあった。メタボの同志よ、お互いに気を付けよう。
さて戦前(半世紀前)までは毎年7月には木曽福島に馬市が立ったという。私達には何か時代劇の様な気もするがこれは今から200年(江戸中期から後期)も以前から既に木曽福島で開かれていたのだ。確かに私のように木曽馬は胴長で短足だが山の上まで耕せる力の持ち主でたくましく優しい性質の馬だった。この優しい馬の中から当時の木曽代官山村氏が雌の良い馬を召し上げるために「毛ずけ改め」ということをした。早い話が品質検査をして合格すると有無も言わさずにそのまま召し上げてしまったのだ。一方代官の目から逃れた馬は自由に市にかかり売られていくのだがこの時に馬のたてがみを切って売買した。これが馬市の始めからのスタイルで、後世にたてがみを切った馬の人形が土産に売られる様になったがこの時の名残だと言われている。
さて当時の馬市にはどの位の数の馬が集まったか。記録によると一番多い時は2000頭を超えていた。家で飼われていた馬を考え合わせると木曽谷には3000頭は飼われていたと思われる。市場では木曽駒は馬の全国三大和種の一つにあげられている位人気がありよくうれた。記録によると木曽の人々は馬を家族同様にして飼っていたからお金の為とは言いながら売られた馬との別れがつらくて村の堺まで泣きながらついて行って別れを惜しんだという。これを「七月の梅雨は木曽馬市の別れ雨」といわれて後まで語り継がれてきた。当時の木曽馬は農業にも運送にも子供達の情操にも無くてはならぬ家族の様な存在で馬達もまた人々の心を知っていて一生懸命に尽くしてくれた。木曽谷の人々と馬は切っても切り離せなかったのだ。
歴史を見ると西暦530年代には既に飼育されていた記録がある。1180年に源氏の若武者木曽義仲が27才の挙兵の時にも、またその3年後の近江の粟津ケ原での最後の時まで側に何時もいたのも木曽馬だった。
ところで以前から開田村には馬名主(馬地主)といわれる豪農がいて沢山の馬を支配し全国に販売していた。多い時はこれも記録によると村の予算に匹敵する位の商いがあったと記録されている。時代は移り太平洋戦争の頃には足の長い外国の馬との掛け合わせが盛んに行われて純粋な木曽馬がほとんどいなくなった。この時に村の心ある人々が軍部に隠れて終戦になるまで何頭かを隠して育ててきた話を知る人は少ない。そしてこの人々のお陰で今日まで純粋な木曽馬を保存できたのだ。
現在開田村には30数頭の木曽馬の子孫が牧場で育てられていて来る人々の心をいやしている。農業の心というのは農産物を生産するだけではない。心穏やかな人々の社会や未来を託す子供達の情操を育むことや村の歴史を作ってきた老人達、そして家畜達とも一緒に生きていく心なのだ。殺伐とした現代には家族というものが失われつつあるが…木曽の馬の話は本当の温もりの家族のあり方を改めて思い出させる。
■写真は木曽の馬たち
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2007年07月18日

信州の杏は昔から生産量も品質も日本一

六月から七月にかけてこの梅雨の季節はご存じ杏子の季節、更埴市森、松代町東条、そのほか長野県は杏子が沢山栽培されていて人気の果物だ。信州の杏は昔から生産量も品質も日本一。杏子農家の中には杏の枝の燃えた灰を上薬にして焼き物を焼いている人もいる。白っぽい焼き物が味わい深い。いかにも杏子のふるさとというところだ。
杏子は熟してくると実が割れて種が自然に取れて甘くてうまい。JAの販売所では益々訪れる人々が多くなって何十キログラムも買い占めていく人もいる。先日松代町東条の杏子栽培40年の小野益一さんのところを訪ねた。この松代町東条も杏子の名産地で知られている。ここは乾燥する傾斜地で南西に面して日当たりも良く霜の害が少なく立地時用件は最高だ。杏子以外の果物も大変うまい。元々杏子は比較的寒さに強く松代藩が杏子の栽培を奨励してきたこともあってこの周りは特に生産量が多いのだ。ただここでも老齢化の波は避けられず生産を止めていく杏子農家が多いという。私の行った時も隣の畑の太い杏子の木が切り倒されていた。
余談になるが農林業センサスによるとこうして農家を離れていく人は5年で8%以上減っていく、現在の農家戸数が132、000世帯あまり。長野県に限っていうと10軒の食事を1.7軒でまかなっていると同じなのだ。ちなみに長野県の自給率は52パーセントだ。
さて杏子は原産地は中国の山間地、紀元前4世紀頃には既に食用として食べられ、また漢方として用いられていた。杏子の種は「杏仁」きょうにん・といって風からぜんそく鼻炎の治療まで幅広く使われている。日本に何時頃渡来したかは定かではないが平安時代に「カラモモ」という名前で栽培していたという記述もある。杏子は食物繊維とカリウムが多く暑気払いには最適だ。またカロテノイドを含んでいるので発ガンの防止や老化の防止、免疫機能強化に効果が大きい。活性酸素の除去にも機能は大きい。
■写真は薬用にもなる命の実、千曲市杜のアンズ。
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2007年07月19日

土用の丑の日の本当の意味

人は何が何でも梅雨明け宣言が出ないと夏じゃないと思っているが今は紛れもない夏。確かに今年の夏はたいふうがきたり地震が来たり異常な夏だが。それでも巷では土用の丑の日のウナギの宣伝が始まっている。
今年の土用の丑の日は七月三十日だ。土用の丑の日は元々どの様な意味があるか。物の本によると七月二十日(二十二日という説もある)から八月八日(立秋)までの二十日間(十八日間)のことをいう。土用…土とは人々の夏の生活の目安の期間で農家の人々にとっては古来から天気の流れや今年の収穫の見込み、それ以外の人々にとっても世の中の流れを予測する時期として定着してきた。また用とは必要なこと、つまりはしっかり生きる為に時を見定める時期であるという意味なのだ。土用の初日を太郎、二日目を次郎、三日目を三郎といってこの3日間に雨が降るとこの秋は雨が多いとされて農家の人々は対策を考えた。また土用の三郎に蛙が鳴くと霜や雪の来るのが遅れるといい、川端に住む人々にとっては川霧が立つと霜が早くなるとか、土用の入りから3日間天気が続くと豊作を予感させ、土用の三郎にミンミンゼミが鳴くと大豊作になるということになっている。これらは長い間に農家が経験したいわば統計学的な気象データなのだ。
春起しから夏野菜がとれ始めるまで酷使してきた体を休めながら、一息ついて世の中を見渡していたのが土用なのだ。元々の農業は日本の背骨だったから農業無くしては国の発展は考えられなかった。たまたま今年は参議院選挙の結果を見ながら世の中を考える年になっている。
さて吾われの父母の時代までは自然と話が出来ていて土用の丑の日の意味がよく解っていたが現代はいつの間にか精のつくものを食べて暑い夏を乗り切ろうという食べ物のことばかり言われている。しかし土用の意味がわかるとウナギもまたひと味というところだ。江戸の時代に平賀源内が「本日丑の日」と看板を出させた話は有名だが丑の日の「う」とウナギの「ウ」の語呂をあわせたというところで当時の農業や栄養学とは関係がなかった様だ。

ところでウナギは何も夏ばかりではない。実はビタミンAの少ない冬場の方が体にもっと役に立つ事をご存知か。長野県岡谷市では冬の土用の丑の日に「うなぎ」を食べているところもある。冬のウナギの方が脂がのって美味しいのだ。私は色々な産地を食べ比べてみたが中国ウナギは身が堅く食感覚が会わない。そこへいくと国産のウナギは柔らかくて本当に美味しい。
余談だがギリシャの哲学者アリストテレスがウナギは泥の中から生まれ命を育むと真剣に論じていたという話もあるくらい体に良いことは古代から知られていた。ウナギはビタミンAが豊富で脂肪の中のエイコサペンタエン酸が動脈硬化を予防してくれる。何故山椒の粉をかけるかというとこれはウナギの脂肪の酸化を防いでいるのだ。うなぎは緑黄色野菜と一緒にいただくとなお最高だ。
■写真はこの季節最高の味土用うなぎ
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2007年07月20日

日本のハーブ ミョウガを食べる

今日は地物のミョウガを頂いた。私の場合ミョウガがあれば酒も御飯もどんどん進む。世の中にはミョウガは香りが強いと嫌がる人もいるがこのミョウガは夏の旬の味なのである。ミョウガには夏物と秋物があって昔からどこの家でも作られていた野菜だ。ミョウガの花は黄色でその花の咲く頃きざんで頂くと一段と食が進む。
仏教の説話には…お釈迦様の弟子の中に「すり(しゅり)はんどく」という弟子がいて、これがなかなかお経(お釈迦様の話を理解できない)を覚えられなくて自分の名前さえ忘れたという位の人であった。三年かかってやっと十四文字の経を理解したという。しかし大変にまじめな良い心がけの人で毎日毎晩欠かさずにお釈迦様の庵の庭の掃除をしたり献身的にお仕えした。やがて年を取って亡くなる時にお釈迦様から今度生まれてくる時は必ず仏になると記別(保証みたいなもの)を頂いて幸せそうに笑う様になくなっていった。ある時そのお墓の上に一つの若芽が生えてきた。これが後になって美味しい食べ物として食される様になったミョウガだった。お墓の上に生えた妙な芽はそれが余りにも美味しいので人々は物事を皆忘れてしまう位だと口々に賞賛し妙な芽「ミョウガ」と呼び珍重した…。と説かれている。
ミョウガには頭が悪くなる成分や忘れる成分はないが不眠症には民間薬として用いられている。ミョウガはミョウガ科の多年草で花芽の部分を食べるが香辛料として薬味や汁の具や刺身のつま、漬け物と幅広く食されている。生のまま生醤油で頂くのも美味しい。また胃腸を強くしたり精力を増す効果がある。入浴剤に使うと湯冷めをせずリュウマチ、肩こり腰痛、冷え性に大いに効果ある。生の葉や茎を陰干し乾燥して保存しておくと一年中使える。殺菌作用があるので食中毒や伝染病の予防にもなる。刺身のつまなどに使用するのはその為で生のままが効果が大きい。
ミョウガは原産は熱帯アジアであるがこれを食するのは世界中で日本だけといわれている。八世紀の「正倉院文書」や十世紀の「延喜式」にも記述がある。大変古い日本のハーブだが日本だけといわれるのも刺身を食べる習慣があることや薫りや味が日本人に会っているものと思われる。ちなみにミョウガとショウガは古くは雌雄に見立てて名付けられたものらしく色の区別の漢字からきているという説もある。 長野県では下伊那の園原地方に名産地があり主として京都の懐石料亭に納められている。川柳に「ミョウガ売り銭を忘れて笑われる」とか落語にも宿に泊まった客が財布を忘れる様に主がミョウガを沢山くれたがその客は財布を忘れずに宿の支払いを忘れていってしまったなんて笑い話もある。日本の農家では健康の為に頂くミョウガ。私は大好きだ。
■これがミョウガの芽と花

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2007年07月21日

白馬にあるブルートは命の実

7月、雨上がりのアルプスの山々はとても綺麗で山が近く感じる。山は既に夏の装い。先日、白馬村に行ってきた。あそこは別天地だ。緑も風も花の色も鮮やかでおとぎの国に行った気分だ。
さて白馬村の神城にある白馬山麓植物園に行った。園主は下川良雄さん。ここでは白馬ブルートという果物というか木の実を栽培している方だ。日本では北海道にハスカップという名前で栽培されているが寒冷地を好む野性味たっぷりの木の実だがまだ余り知られていない。ブルートといえばアニメのポパイとオリーブをいじめるブルートを思い出すがそれとは関係なくこの意味は「木の実」という意味だ。ブルーベリーにちょっと似た姿でその実はよく熟していると甘いがおおむねは酸味の強い甘さが特徴である。実の色は濃い紫で見ていて好ましい。和名は「黒実のウグイスかぐら」という。実はこの栄養はすごい。鉄分はブルーベリーと同じ位多く、ビタミンCはレモンと同じである。圧巻はカルシュームが多く牛乳の六割位含まれているという。果実でこんなに含まれているのは珍しい。それから梅と同じ位の殺菌力があり生でもジャムでも美味しくいただける。カルシュウム、リン、ビタミンA、ビタミンCなどはブルベリーの二倍以上含まれている。ここで頂いたアイスクリームは本当にうまかった。ブルートは七月が摘みとりの旬だ。
植物園の場所はオリンピックルートを白馬のジャンプ台に向かっていくと白馬山麓植物園の看板があるのですぐにわかる。行くときはしっかりスニーカーで足を固めていってほしい。花をみたり散策をしていると大小の蛇が時々出てくる。現に我々も二匹に出合った。これは自然豊かな証だが怪我をしてはつまらない。パワーあるブルートを食してみては如何か。
■これが白馬ブルート(ハスカップ)の実


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2007年07月22日

草を刈ることは大切な農業技術  畦草を大切に

田舎の田園風景は絵画の中にはいる様でのどかで心が安らぐ。
昔は農家の仕事は忙しくて何の仕事をするにも早いほうがよいとされていた。「早飯、早がけ、早糞」が美徳とされていた。早いと言えば現代はコンピューターの時代、便利になったが決して楽にはなっていない。人間は機械の様に進化できないから技術革新にはなかなか追いつけない。かえって機械に使われている有り様だ。
さて周りを見渡せばもうじき穂が出そうな水田が見える。畑の夏野菜も沢山収穫できている。うれしい季節になった。ことわざに「使わぬ刃物は直ぐさびる」とか「動けば氷る間も無し水車」などと、例え忙しくてもさぼるとかえって体を壊したり鈍ったりするよ…と言うのがある。やはり子供を育てると同じで土や作物と一緒に絶えず農家はがんばっているのだ。「寝るの嬉しさ起きるの辛さ、起きてつとめは尚辛い」今日も頑張る農家の方々に敬礼。
あちこちで田んぼの畔草を刈る風景がよく見られるが今は便利な草刈り機がある。昔に比べると大変楽になり作業も早くなった。以前は農家の人々は家畜に餌を与える為に手鎌一丁で畦草刈の仕事をしたものだ。この時の鎌の扱い技術が大変重要だった。鎌を研ぐ、刃がついたか、次には草の刈り方が大切、つまり草刈りも立派な農業技術だった。私のオヤジなどもそうであったが刈った後はきれいな幾何学模様が残っていた。農家の人達は家畜の為には毒草を避けて刈った。また可憐な「野アザミ」や「ワレモコウ」などはそのまま残しておいた。優しい農家の人々によって在来の植物は手釜の先で保護されていた。
ところがこれらの日本の在来の植物は機械で草を刈りはじめてからその殆どが無くなってしまった。やはり機械刈りでは手鎌の優しさがないのだ。そして多くの農家の人々はこの事にまだ気づいていない。便利になれば必ず代わりに何かを失っているのだ。
■こんな畦(あぜ)が少なくなってしまった
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2007年07月23日

いまや天ぷらうどんは海外からのブランド品

我が国の輸入食料は年々増えている。2006年には8兆円を突破する勢いである。農産物の総輸入額うちの55パーセント以上が中国野菜であることが何回も新聞で報道されている。
例えば庶民の好きな「てんぷらうどん」を頂くとき材料で輸入品でないものは汁くらいなもので今ではほとんど輸入材料だ。ネギすらも大半が中国ネギになっている。中国といえばネギとしいたけ、いぐさの3品目について数年前に政府が緊急輸入制限(暫定セーフガード)に踏み切ったことは知っての通りだがでもこの緊急輸入制限の200日間の措置で果たして日本の農業は改善したか。とても無理な話だった。コストが高いから喧嘩にならない。本当はもっと基本的な構造的なところから農業を考え直さなくてはいけないと感じた。
食材のことを考えてみよう。価格のこと以外では国産品が鮮度も品質も栄養価値も味もすべて格段に優れていることは知っての通りだ。例えば中国の「しいたけ」は広大な「しいたけ団地」で栽培されていて管理人が「しいたけ小屋」に泊り込んで管理をしている。しかし13億人口の田舎で劣悪な生産環境で生産されてきた。例えば乾燥を防ぐ為の水かけ用の水路も人間達の排泄物を処理する所も同じ川で行われる。乾燥すればその水が「しいたけ」の原木にかけられる。その生産物には当然の様に寄生虫がつき、それがわずかな検査をかいくぐって日本に輸出されてくる。想像してみるとぞっとする。
そういえば最近の日本の都市病院における健康検査統計によると検査を受けた人々の二割が何と寄生虫を持っていると確認された。皆安い輸入野菜を使っている人達だ。勿論このことがすべて中国野菜と因果関係があるということではないが輸入食品は国産に比べてその位不安であるということだ。前にも書いたが中国産の野菜や食品に残る残留農薬の問題も大きく指摘されているし、今は話しが下火になっているがアメリカ産の肉牛には抗生物質が検出されて不安に輪をかけているのだ。カナダのBSEの問題もそうだ。大体外国から来る食品の情報が我が国は一般消費者に的確に伝えられていないのが腹立たしい。
漢方医師の話では私達の生活圏半径数キロのエリアで取れる野菜や果物が一番体に合い健康に良いと教えている。地産地消は以前から言われていることだがまさに我々の健康には国産地産地消の食料品が一番良いということだ。
食事をするといろいろな含有物が蓄積される。我が国は食品衛生法であらゆる添加物や農薬が規制されていたが過去貿易交渉で添加物の353種類、農薬で199種類が我らの知らぬところでいつの間にか規制撤廃されている事実がある。長い食生活の間に色々な物が蓄積される事を考えると子ども達には是非に健康的な国産品を奨めたい。輸入品は本当に(怖い)不安だから。
■汁以外はみんな輸入品なのだ 
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2007年07月24日

教育とは学ぶ意欲をかき立てること

子供達の夏休みが始まった。今朝テレビで学校や先生に無理難題を吹っかける馬鹿親達の話をしていた。話を聞いていて今更と思うが話が子供じみていて全く情けない。
教育で教えるべき事は先ず一番先に、気に入った暮らし方で生きていく力をそれぞれの子供達に身につけさせる事だろう。母親から生まれて母の背中で育ち、家庭で人間としての情操を学び家庭の中で社会性を学び親子、兄弟家族、そして社会、国家を大切にする心を学ぶ。それらはやがて一人の健全な日本人として成長し国を支える大切な人材となるのだ。子供のうちに情操を身に付け今度は社会人としての自覚、団体行動、生きる知恵、歴史を学び知識を蓄える為の学校が必要になる。ここから初めて行政が絡むのだ。
行政は学校の設置基準を自由にして子供のピントに合わせたカリキュラムをくむべきだと思う。また校長先生の裁量を大きくして個性のある先生を重用し気にくわない先生は首にする位の自主性と権限が必要だ。そしてどうかな、今は失われてしまった教育勅語を見直してみたら。教育勅語といえば戦前の軍国政治を連想するが、実際は違うよ。よく見ると私達が当然とする生活指針がきめ細かく詠われている。学ぶべきはいろいろあるが日本の歴史に学ぶことが大切だ。現代の様に国や社会、個人を大切に出来ず、世界に向かって日本国をアピール出来ない風潮にあって、良い意味で昔の教育勅語の見直しが必要だと思うけどな。
平成19年、6月23日に教育三法案が成立したけど、学校に新たな管理職を作ったり教員免許を10年ごとの更新制にしたり文科省が各教育委員会に口を挟むことが出来るとか,こんな事ばかりだ。はたして子供の心にどの位、入り込めるであろうか、その運用はどうであろうか。この法律は管理職は増えても予算や教員は増えていないしむしろ行政改革の名の下に人材も予算も曖昧にしている。教員の評価についても給与に差をつけたり勉強する科目まで国の関与が大きくなっている。つまりは「生煮え状態」で運用と言うことになればまた混乱を引き起こすなこれは。
現場の心ある教育者達は教育とは学ぶ意欲から始まるという。何か価値のあるものや心惹かれるものを目ざすからこそ努力する意欲がわく。教育の基本は子供達の学ぶ意欲をかき立てることだと叫ぶ。それには教える者(親や先生達)自身がすべてにあこがれを持ち続けていることが大切だ。では現場ではどうか、じっくり考える時間も持てず父親達も先生達も職場での人間関係、特に先生は保護者との人間関係に疲れ果てニOO五年の統計では精神疾患で休職した先生は過去最多の4200人も居たという。この10年で3倍にふくれているのだ。 法律を作り制度を改正して先生達の身分や職場環境を良くしていくってことだろうけどその中で運用していくのはやはり生身の人間達だからね。先生自体が人間して身も心も解放されていなくてはやはりこの国の教育は変われないと思うよ。
■子供達はどんな夢を持っているのだろうか
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2007年07月25日

大いに問題有り、クローン牛肉の商品化

梅雨が明けたのか良くわからぬが暑い、暑気払いとしゃれ込みたい。生ビールと焼き肉は如何。焼き肉は美味いがこんな報告を聞けばちょっと尻込みしてしまう。  
さて厚生労働省の研究チームが1999年度から国内外の体細胞クローン牛の生育状況や死亡率、繁殖機能など調査し2OO3年5月11日迄に食品として「安全性が高い」と、食品安全委員会に安全性評価を諮問した。しかしクローンは死亡率が高いなどの不安定要素もあるので慎重な配慮が必要とも付記してあった。これを受けた農水省は研究報告で安全性が確認されたとして早速消費者や畜産流通関係者の意見を聞き、牛肉の出荷など今後の対応を決めると発表した。あれから5年、話はどうなっているのか。今ではそれらの牛も出荷されているかもしれない。 
おーい、大丈夫かーい。ちょっとこんな牛肉は食べられんと思うぞ。そもそもクローン牛は牛の皮膚や筋肉から同じ牛を作り出す技術で1998年に世界で初めて日本で誕生した。これは英国の体細胞クローン羊「ドリー」が誕生して2年後のことだ。この技術は皮膚や筋肉から同じ牛を無限に作り出す事が出来て家畜の改良には有効な手段とされている。また生産性や品質の向上という効果も予想できる。また乳量が多く肉質がよいものが多数生産できる。現状では乳や肉を売っても採算性は低いが優秀な雄の種牛が出来れば高い種付け料金も緩和できて大いに貢献できる。そのほかに医療や希少動物の保護再生の手段としても有効だ…とそれまで期待を持って論じられてきた。 
しかしここからが大切だ。日本での体細胞クローン牛は2003年2月現在40の試験機関で336頭生まれているが、死産や病気で早死にするものが5割と以上に高いことをあまり公表していない。
卵子から核を抜き取って、コピーしたい牛の体細胞を入れる「受精卵クローン技術」というのがある。受精後発生初期の胚(精子と卵子が受精した受精卵)が、その後細胞分裂を続けていく初期の段階の細胞を用いる方法で、この場合細胞は分化して目や皮膚などが出来る。正常なクローン牛を誕生させるにはこの分化した細胞の総ての遺伝子がどんな役割の細胞にでも代われるということ(つまり正常な細胞になること)が最も大切なのだ。ところが現在の段階ではこの技術がまだ確立されておらず余りにも死産が多いのだ。 
まだ問題がある。体細胞クローン牛は通常の2倍近い体重(アメリカでは2003年4月1日にクローン技術で生まれた絶滅危惧種のジャワ野牛が通常の1.6倍もの体重があり自力で立ち上がることが出来ず安楽死させられた…)で生まれてくる場合が多く、この原因も解ってはいない。またうまく生まれても老化が早いことや寿命が短いこと、病気に弱いことなど問題が多発しておりこの原因も現在分かっていないし、余りにも問題が多すぎるのだ。 
一時話題をさらったイギリスのクローン羊「ドリー」も、肺に進行性の病気をかかえて6才で安楽死させられている。ドリーには他にも以前から関節炎などの老化現象もでていたという。欧米では倫理的な反発が強く、すべてに強引なアメリカでさえも現在は体細胞クローンの家畜が食品や飼料として流通しない様に、厳しい措置をとっているのだ。まだこんな状況なのに我が日本では商品として流通させようということは性急すぎないか、いやもう商品として動いているかもしれない。我々消費者としては納得できる筈がないではないか。 
将来のクローン技術の可能性には希望を持ちたいが反面、実験室で動物を作り出して食べるなどと、考えるとやはり気味が悪いと思うのは私だけか。日本では新しい技術がでてくると大きく報道されるが、失敗したり成果がおもわしくないとほとんど情報は閉ざされる。クローンに関する総ての情報が公開されないと消費者が安心ということにはならないと思う。如何に諸君! 
■モーすこしまってほしいのだが %E7%89%9B%EF%BC%91.jpg

2007年07月26日

日本人の誇りまで捨てる食べもの廃棄

我ら日本人は美食家で飽食人種だ。何しろ世界の美食のほとんどは日本で食べられるのだからすごいという他はない。それも全ての料理が大変に美味しい。ところが問題がある。
日本は飽食の上、食べ残して捨ててしまうのも世界一なのだ。東京の銀座当たりでは毎夜どっとでる廃棄食料にカラスが群がって始末に負えない有様だ。見渡せば世界には飢えた人々が沢山いるのに我々日本人はこのままでよいのか。特に今の若い者達は食に対する興味も危機感も全くない…と余の先輩方は嘆く。
京都大学健康保健センターの高月 紘教授は京都市内の50世帯の3日分の生ゴミを分析した。調べてみると総重量の11%が買ったまま手つかず、38%が食べ残し、中味はすぐ食べられる調理済のものと包丁など手を加えなくても料理できるものばかり。中にはまだ賞味期限内のものもある。先生は食生活が大きく歪んでいると指摘する。
日本人はやたらと冷蔵庫を過信して買い置きをして捨てていく。ちなみに全国農業組合中央会の2001年当時のデータによると野菜が捨てられる割合は全体の32%だ。果物は18%、加工品が15%、魚介類が約10%、調理をして食べ残して捨てられるもの18%とひどい有様だ。パーティーなどでは高額な会費を出してほとんど捨てて帰るという光景を見る。何時頃からこんな事になっているのか、こんな大人達の食に対する行いが、そのまま子供達に受け継がれると大変なことになるぞ。
京都大学の高月 紘教授は更に子供達にこんな指導をしている。「君たちは…いただきまーす…っていえるかな?」ほとんどか自身なさそうに下を向く。食べ物を生産している現場や実感できる体験を持っていないしまた親からも教わっていないから誰に感謝するのか解らないのだ。まして調理済みのものは誰が作ったか尚更解らない。先生は続けて「1粒のお米を残したとすれば0.02グラムだよ。もしも日本中で残したら全部で2600キログラムにもなるよ。お母さんが買うお米5キロの袋にしたら520袋だよ…」と食べ残しを目に見える形で語る。
ところで1998年の調べだが松本市の給食センターが33の小、中学校から毎日1トンの食べ残しがでていると発表した。日頃からのアンバランスな飽食と子供達のダイエット志向が根強く子供達は意識して食べ残してしまう。これは毎日お金をかけて調理してもお金に換算して10万円以上捨てていることになる。年間に200日稼働したとしても2000万円が捨てられることになる。そればかりではない。食事誘発生体反応といって御飯をよく噛みものをよく味わって味覚を刺激すると脳の交感神経が活発になり健康になる。ここのところが解ってもらえない。子供達には一生懸命作ってくれた食材を一生懸命調理したものをしっかりと食べて欲しいと先生はいう。
ほんの一つの例を話したが政府が毎年買う7兆数千億円もの外国からの食料輸入は果たして正しいのか…疑問は残る。社会を変えるにはまずわが国の台所の小さな積み重ねからだと思うが。
■一般的な食卓 %E9%A3%9F%E5%8D%93%EF%BC%95.jpg

2007年07月27日

「一道の清流あり一処藍をたたえて渕をなし…」 水の季節だ

学者の徳富蘆花の著作「自然と人生」の中に「夏の興」に子供の頃京都の「とがのう」のお寺に避暑をした時の話がある。蘆花は水の美しさを「一道の清流あり一処藍をたたえて渕をなし友と互いに水を溌し狂い回れば渕は雪を湧かして水は密かに緑玉塊を奪い去って浮き沈みして流れゆく…中略」とあり如何にもきれいな流れが想像できる。しかし現代では子ども達が戯れる清流なんてもう何処にもありゃしない…。さて水と言えば魚の住める水ということになる。我々は昔から飲み水を井戸で吸い上げていた。ところが近頃は地下水が汚染されてきてピンチなのだ。
私が住んでいる安曇野、ここの地下水は昔から素晴らしく八十年代には環境庁認定の日本の名水百選に指定されている。清涼な湧き水が今も懇々と湧き出している安曇野、日本アルプスから流れ出る源流だから味も良い。だが今は昔と違って安曇野のその地下水がそのまま飲めなくなっている。地下水にも大腸菌がいたり基準値を超えた化学汚染物質が検出されたり無意識のうちにいつの間にか汚染されていたのだ。町の飲料水には量が少ないとはいいながら消毒されて塩素のにおいが気になる。本当は自然の水をそのまま飲めるのが理想なのだが…。それにしても河川の汚染に生態系は大丈夫だろうか。
良いはずは無いな。例えば蛍がいなくなったということは餌になる「かわにな」が住めないということだから水質がやはり悪化しているのだ。そのほかにも居なくなった水生昆虫がかなりいる。ミズスマシもゲンゴロウもいなくなった。最近はみんな気をつけているが家庭の雑排水、農薬や化学肥料の流れ出したものもや娯楽施設から出る雑排水にしても人間のうごめくところ至るところに毒性の強い雑排水がでる。我々が過去にこれらを平気で垂れ流してきたつけは大きい。
水田に入る水を見ていると水の表面に油がうっすら乗っているのが分かる。お風呂の廃水や食事後の水が浄化不充分なのだ。下水道の完全整備が待たれるがこれには膨大な銭が掛かるときている。本当に大きなつけだ。
岐阜県の郡上八幡という所では水がきれいで人々も意識して大切にしている。川の水で野菜などを洗っているし子供達も平気で川で遊んでいる。それだけまだ水が綺麗だ。しかし最近この吉田川の上流にはスキー場やゴルフ場ができて水が汚れ始めた加えて近くを高速道路が通ってこれも心配の種だ。昔から郡上の天然鮎はみんな食べられた。養殖したものは内蔵が臭くていただけないが郡上の天然物は川藻だけで育っているから新鮮なのだ。今はどうかな。自然への畏敬の念を忘れて我がもの顔に振る舞った結果生じてきた水の問題はこれからとんでもない大騒ぎになると思いながら川原で遊んでいた子どもの頃を思い出している。
■おお、どこへ行った、今の大きかったよ
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2007年07月28日

日本で一番高地の川上村のレタス

7月も終わりだな。ここのところ暑いなぁ。8月の頭に梅雨が明けると気象予報は入っているが天気は不安定だな。野菜物や米に影響が出る心配がある。気候は色々教えてくれる。これは食と農業への警告かもしれない。
さて久しぶりに川上村に行ってきた。野辺山の電波望遠鏡や日本一高い標高1375メートルのJRの踏切に立って世の中を見まわしてみたがさすがに涼しかった。
JA長野八ヶ岳の本所の脇に無人市場があってたまたま出荷している近所のお母さん達とお話をした。「販売した野菜の量とお金が会わないのですよ。…そう、泥ボーがいっぱいいるのよね…」。ここ20年の間に日本人は変わったとこのおばちゃんは嘆いていた。100円のみずみずしいキャベツを一円だけ入れて平気で持って行く奴がいる…ひどいものだね。いつから日本人はこんなになってしまつたのかね。その様な奴は子供にどんな顔をしてしつけしているか顔を見たいと思ったよ。
42名のお母さん達が大切に育てた真心野菜がかわいそうだった。お金を払って頂く、これはみんなの常識だ。
さて川上村は初めて行く人はきっと感動すると思うけど北海道の美瑛を思わせる様な景色のいい所だ。農家の規模も大きく5~10町歩位は平均耕作している。大きな農家ばかりだ。川上村のレタスは戦後いち早く生産に取り組み品質も生産量もこの季節日本一だ。何と言ってもレタスが甘いのが嬉しい。よく出る話だがレタスが苦いのは化学肥料のくれすぎだ。この日話を聞いた「新海はじめ」さんもベテランだが農家は気温によって使用するマルチや生産する品種の選定をしっかりするそうだ。そして秋以降は土作りをしっかりする。新海さんは気候に左右されるがやはり農業が面白いと言っていた。そしてその話の通りこの村々は後継者がしっかりとそろっていて活気のある村だと思った。
レタス畑を見ていて面白かったのは畑の至る所に投光器がおいてある。俺はまたコンサートでもやった後かな…なんて思っていたら朝方の二時頃から村中で収穫が始まるという。だからこの時期川上村は東京の六本木みたいになっているんだ。みずみずしい物をそのまま家庭までというこのこだわりを村中持っているから本当にすごい。
レタスは「乳草・ちしゃ」などといって奈良時代にはもう食べられていたという記録もある。当時は「かきちしゃ」と言って今の様な玉レタスではなかった様だ。西洋では二千五百年も前にペルシャの王様の食卓にあったという。貧血、冷え性の改善・老化の防止・鎮静、睡眠効果・カリユウムは体内の塩分の調整をしてくれる。日本には昭和35年頃から食の洋風化と重なって多く食べられる様になった。
■レタスの畑は広くて美しい。
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